福岡地方裁判所 昭和47年(ワ)1191号 判決 1974年10月08日
原告
三京運輸株式会社
右代表者
深江信男
右訴訟代理人
立石六男
被告
国
右代表者
中村梅吉
右指定代理人
渡嘉敷唯正
外六名
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は原告に対し、金四〇〇万円およびこれに対する昭和四八年一月二七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二 当事者の主張<以下省略>
理由
一以下の事実は当事者間に争いがない。
原告は自動車による物品の運送を業とする会社であるが、昭和四六年六月二三日福岡職安に対し貨物自動車の運転手の求人申込をした。その頃、訴外高井達雄は実兄でああ高井正雄の第一種普通運転免許証に貼付の顔写真が自己とよく似ていたので、この免許証を利用して高井正雄と詐称し同人になりすまして福岡職安に求職の申込をした。同年七月六日同職安は原告に対し「さきに貴殿より御申込いただきました求人につきましては、本紹介状持参の下記の者を適任者として紹介申しあげますから、御面談のうえ是非御採用くださるようお願いいたします。なお、折り返し、採否の結果をお知らせくださるようあわせてお願いします。」と記載した紹介状を発行して、右高井を原告に紹介した。原告会社の運行管理責任者(専務)である鹿毛元一は、同日高井と面談し、その所持する運転免許証についても一応の点検をしたが、同人が兄の名をかたつて入社する者であることを知らずに、翌七月七日付で自動車運転手として採用した。
その後、高井は原告主張の日にその主張のような交通事故を起したが、右事故後による調査の結果、高井は前記のように無免許でありながら兄正雄になりすまして求職申込をしたことが判明した。
二原告は、福岡職安が高井達雄を原告に紹介するに際しては、同人が真実運転免許証を有するかどうかを確認すべき注意義務がある、と主張するのでこの点について判断する。
1公共職業安定所の任務
職業安定法によれば、公共職業安定所は、政府の行うべき業務、すなわち、求職者に対し、迅速に、その能力に適当な職業に就くことをあつ旋するため、及び求人者に対し、その必要とする労働力を充足するため、無料の職業紹介事業を行うこと、以上の業務目的を達成するに必要な事項を実施するために、無料で公共に奉仕するために設置された国の機関であること(第四条、第八条)、そして、右にいう職業紹介とは、求人および求職の申込を受け、求人者と求職者との間における雇用関係の成立をあつ旋することを指称するもの(第五条一項)であつて、公共職業安定所はいかなる求人、求職の申込も、その申込の内容が法令に違反しない限り、および求人の内容をなす賃金、労働時間その他の労働条件が、通常のそれと比べて著しく不適当であると認められない限り、これを受理しなければならないのである(第一六条、第一七条)。また、求人者は求人の申込に当り、公共職業安定所に対しその従事すべき業務の内容および賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならないが、公共職業安定所は、求職者に対し右労働条件を明示して職業を紹介しなければならず(第一八条)、かくして、公共職業安定所は求職者に対しては、その能力に適合する職業を紹介し、求人者に対しては、その雇用条件に適合する求職者を紹介するよう努めるべき任務を課せられたもの(一九条)である。
2<証拠>によれば、福岡職安においては、備付の求人票に、申込の内容をなす賃金労働時間その他法第一六条所定の労働条件を記載してもらつて、求人の申込を受理し、同じく備付の求職票に申込の内容を記載してもらつて求職の申込を受理していること、そして、右求人票および求職票の記載を照合して、求職者の能力と求人者の雇用条件とが適合す場合に、求職者に求人者宛の紹介状を発行していること、本件については、原告の貨物運送に従事する普通車運転手の求人申込に対して、訴外高井の希望する普通車自動運転手としての求職申込が適合すると判断し、昭和四〇年一月二一日普通自動車運転の免許資格を取得した旨の同訴外人の求職票の記載にしたがい、実際に、同人が該運転免許を有するか否かについては調査することなく、また、該免許証の提示を求めることもなく、同人を原告に紹介したものであること、以上の事実が認められる。
3ところで、公共職業安定所が職業の紹介をするにあたり、求職者の資格ないしは能力について実質的調査をすべき義務を負うか否かについては明文の規定は存しない。
思うに、前示(一)にかかげた公共職業安定所の任務ないし業務内容にかんがみれば、公共職業安定所は、広範かつ多岐にわたる職業について数多くの求人および求職の申込を受理し、かつまた、求職者に対しては、迅速に、その能力に適当な職業に就くことをあつ旋しなければならない責務があるから、公共職業安定所の業務内容としては、求人および求職者が申告記載した求人票および求職票の記載内容が法令に違反しない限り、一応、真実であるとの前提のもとにこれを受理し、その中から求人者の能力と求職者の雇用条件とが適合するものを照合して、両者間の職業紹介をすることに重きを置くべきであつて、求職者の能力、免許資格についての申告内容を実質的に調査すべき義務を負わないと解すべきである。
もし、このような実質的調査義務が安定所に課せられるとすれば、迅速かつ広範な職業のあつ旋をめざす法の要請に応えることができなくなるおそれがあり、また、公共職業安定所の職業紹介事業は、あくまで職業のあつ旋にとどまり、求職者と求人者間の雇用関係の成立を拘束したりこれを決定したりするものではないからである。
すなわち、公共職業安定所は求職者の免許、資格能力に関する申告が一応真実であるとの信頼関係のうえに立ち、これを求人者に紹介すれば足りるのであつて、雇用関係の成立によつて、直接の利害関係を有するに至る求人者において、右求職者が所要の免許資格を真実有するか否かを調査確認して採否を決定すべきである。
4これを本件についてみるに、前示のように、福岡職安は、訴外高井の昭和四〇年一月二一日普通自動車の運転免許を取得した旨の求職票の記載にしたがい、実際に同人が該運転免許を有するか否かについてはそれ以上の調査をすることなく、また、免許証の提示を求めることもなく、同人を原告に紹介したのであるが、このことを以て、福岡職安にその業務執行に関してなすべき注意義務を怠つた過失があるとは認めがたい。
三次に、福岡職安が、高井の免許証を確認しなかつたにもかかわらず、適任者という文言を含む前記紹介状(甲第五号証)を作成発行した点に、職安の過失があるかどうかの点を判断する。
原告は、前記紹介状の文言は職安において高井が運転免許を有することを確認ずみであるかの印象を与えるものである旨主張する。しかし、前示公共職業安定所の任務およびその職業紹介行為の性格と紹介状の文言全体とを合わせ考えれば、右紹介状の趣旨は、「求職者高井の申告するところによれば、同人は運転免許を有し、原告方の希望条件と合致していると思われるので、ここに紹介するが、原告会社においては、高井に対し面談調査をなしたうえでよろしければ採用願いたい」という意味に解するのが相当であるから、職安が内容虚偽の紹介状を作成したということはできない。このことは、前掲甲第五号証によつて明らかなように、右紹介状には高井の免許証に関しその種類、免許番号など何んらの記載もないことからも、裏づけることができる。したがつて、職安が本件紹介状を作成したことに過失は認められない。
四結論
以上のとおり、福岡職安には本件職業紹介行為に何らの過失も認められないので、原告の請求はその余の点を判断するまでもなく理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(高石博良)